お魚になったワ・タ・シ♪

日本ほどではないと思うけど、南カリフォルニアも暑い毎日が続いているので、運動するのが億劫になっている。

 

そうは言っても、自分で率先して動くことを決めないと、車社会のここは本当に動かなくていい環境なので、陽が少し傾いてから泳ぐようにしている。

 

最近、プールの水をクロリーン(消毒液)から、塩水に変えたせいか、水が柔らかい。嫌な匂いもしない。

 

ボコボコと自分の呼吸から生まれる水の音、太陽に反射する光を感じながら、体から余計な力を抜いて、委ね、方向性だけを思いながら、ゆっくりと前に進む。

 

今ちょうど、次回のアレクサンダーテクニックのブッククラブの課題本[The Body in Motion]の中の、生物の進化について書かれている章を読んでいるところ。なので、しばし、お魚になってみる。

 

前から入った食べ物がそのまま後ろに出て行くという単純な作りの魚が、陸に新たな餌を求めて、両生類となって行く過程で、ヒレが手足になる。そこから(途中かなり省略)さらに進化して直立歩行の今の私たちの原型へと移って行く。これは、小学校の理科でも習ったこと。

 

でも今は、頭で覚えているのではなく、体で体験してみる。

 

たとえば、

 

ああ。私がひとかきするこの腕は、陸に上がるために必要だったもの。遠くのものを掴みたいという思いから生まれた腕。

 

好奇心と願い

 

それさえ持っていれば、体はどんどん自由になって、行きたい方向に行けるのだな、ということを再確認する。

 

タイムがいくつだとか、何分泳いだとか、何往復したとか、そんなこと、魚は考えない。

 

なんて気持ちがいいんだろう。

 

日々の忙しさやゴタゴタを一旦横において、自分を空っぽにする時間は大切だなあとつくづく。

 

 

後頭部から首、肩にかけてガチガチになっていた。

 

 

ストレッチや運動が余計な力の解放に役立つこともあるけれど、本当はそこに意識をぼんやりと持って、ゆっくりと緩んで行くプロセスを味わうといい。それには、夏のプールは最高です。

 

暑中お見舞い、申し上げます。

 

*ところで、表題の「お魚になったワ・タ・シ」を知っている人、同世代ですな(笑)知りたい人は、ググってみてください。

銃と無関心、どちらが怖い?

昨日投稿した、ちょっといい話に、「日本だったらどうだろう」とFacebookでコメントしてくれた友達が何人かいたので、この春、日本に帰った時のちょっと悲しいお話を今日はします。

桜が美しい季節に帰った私は、初めて花粉症のような症状が出ました。今までは「花粉症って大変ね〜」とは言いつつも、そんなに大変とは思ってなかったんですよねえ。

ところが、自分がいざなってみると、喉から胸にかけて呼吸器官がキューっと狭まって息ができなくなった。目も鼻も開いてられない状態。パニックを起こしそうになる自分に、アレクサンダーテクニックを適用する。体を縮めるのではなく、緩める、と言い聞かせて。

たまたま近くにあった薬局に飛び込み、薬をその場で服用。なんとか収まったものの、数日後、今度はバスの中で突然呼吸困難に陥り、苦しくて倒れたことがありました。

 

でも、バスの中の人は誰一人声をかけてくれなかったし、運転手に至っては「終点で車庫に行きますがいいですか?」とシルバーシートでうずくまっている私に聞いてきた。

 

「オメー、私が苦しんでいるのが見えねぇのかー?回し蹴りの刑だぁ!」と心の中で思う余裕もなく、転げるようにして下車しました。京王バスです!プンッ!

そして降りてすぐのところにある自動販売機の下にうずくまっていたけれど、その時もだーれも、声をかけてくれる人はいませんでした。何人かは、自販機で飲み物を買っていましたけどね。。。

 

これはショックでしたねー。我が母国、日本の皆さま。私はヤバイ人に見えましたか?関わりたくないような危ない人に見えましたか?

 

よく「アメリカは銃社会だから怖いよねー」と言われますけど、銃で犯罪を犯す人は、人口の1%もいないんですよ。

 

大半は困っている人がいたら、手を差し伸べる人たちです。

 

大半の国民が、他人に無関心の国の方が、怖くないですか?

 

今、自分の友人たちの顔を思い浮かべて見た。一人残らず、間違いなく、手を差し伸べる人たちだ。よかった。

 

 

きっとあなたも。

助けて!と隣人が叫んだら

夜中の2時ごろ、外で呻くような声がして目が覚めた。耳をすましていると、その声は段々に大きくなり、どうやらヘルプ!と叫んでいるよう。

 

恐る恐るブラインドを少し開けると、向かいの住人のお婆さんが、その声の主だということがわかった。

「大丈夫ですか?何かあったの?」と外に出て距離をおきながら彼女に向かって声をかけてみる。それには返事なし。

そのうち「隣に人殺しがいる!」と叫び始めた。

 

マジか!マジか!マジか!
家に戻り、携帯から911に電話をして(アメリカ生活初の911)状況を説明する。

でもまあ、正直、人殺しがいる雰囲気ではなかったんだけどね。真夜中の静かな住宅街(しかもゲート・コミュニティ)、そのお婆さんの声以外、何も音はしないのだから。

それでも胸の鼓動はドキドキ。肩で息をしている感じになり、肩から首にかけて、硬直しているのがわかる。

呼吸に意識を持っていき、いつの間にか食いしばっていた歯からも力を抜くために、顎関節のスペースを思う。

 

 

しばらくしてポリスが我が家に来て「あのお婆さんは、幻覚・幻聴があるんです。歳ってこともあるのでしょうが、時々混乱してしまうんです。僕たちも気をつけて時々来ています」との説明をして帰って行った。

まあそういうことなら、心配ないね。。。。と思ってベッドに入るが、興奮しているのか眠れない!また顎関節のスペースを思う。すると、知らない間に入っていた余計な力が全身から抜けて、ベッドの中に体が沈み込んで行くのがわかった。

眠りについた頃、ばーちゃん、今度はガレージドアをガンガン叩き、再びヘルプ!と叫び出した。

 

もう怖くはないけど、迷惑ではある。どうしようかな、、、、と思って外を中から眺めていると、隣の若い夫婦が出て行って、お婆さんと話し始めた。まずは夫のピーター君から。そして、落ち着いた頃、奥さんのアレクシスが肩を抱いて家の中に連れて行ったのだ。

 

これは目からウロコの行動だった。

 

ちょっと頭がおかしくなった老人に対して、彼らは本当に優しく話を聞いてあげたのだ。夜中の4時に。なんて素敵なカップル!

 

私には、正直なところ、そういう選択肢はなかったなあ。夫が不在ということもあったけど、いたとしても、どうだろう。出て行く勇気はなかったと思う。ポリスに連絡するのが精一杯。

 

それからも時々、お婆さんはヘルプ!と叫んでいたけれど、そのたびに、近所の人たちが代わる代わる、話を聞きに行っている。5分の話し相手になっているのだ。

 

なんか、すごくないですか、これ。

 

そのうち、段々にお婆さんも落ち着いてきたのか、ヘルプと叫ぶことがほとんどなくなりました。

 

いい話なので、シェアしたくて書きました。