「考えない練習 」

 

こんにちは。ファシリテーターのItsukoです。

今日は、この旅の軸である”考えない練習”について書きますね。

 

「ありがとう」

 

人からなにかしてもらったら一般的には「ありがとう」と言いますね。

 

いい習慣だし、誰もそのことを不快に思う人はいません。

 

でも、その「ありがとう」の裏側にある感情はなに?

 

それほど感謝してなくても「ありがとう」をいう習慣がついている人は、感情を押し殺してしまう習慣がついているかもしれません。(たとえば、コンビニの店員さんの挨拶、、、ロボットみたいですごくコワイ。)

 

 

私がここで言いたいのは、「ありがとう」と言わなくていい、ってことじゃなくて、そこに湧き上がる感情があることを認識して、それを表現しているのかどうか、ということです。

 

 

嬉しい時、その状況を生み出してくれたものに、どうしても気持ちを伝えたい。それが「ありがとう」じゃないかな。

 

「ありがとうは、”有り 難い”、当たり前ではないこと。だから、そのことに感謝しよう」と最近あちこちでよく見聞きしますが、それは、思考であって、感情ではないですよね。

 

「すみません」「申し訳ありません」

 

日本にいると驚くほど毎日聞く言葉です。電車の中でも、お店でも、あちこちでみんな謝っています。

 

本気で悪いと思っている?それってあなたの責任なの?あなたが悪いの?責められないための先手?といちいち突っ込みを入れたくなってしまうのは、滅多に謝らない人たちの国アメリカに長く住んでいるからでしょうか(笑)

 

儀礼という言葉がありますね。つまり、公式です。こういう状況ではこうするべきだというある種の決まりごと。こういう時にはこう対処しよう、というマニュアルみたいなものかもしれません。

 

それにのっとってやっておけば、間違いない!という”考え”です。(顕在意識の中になくても、潜在意識の中に組み込まれてしまっています。)

 

でも、もしそこに感情が入っていなかったら、自分に小さな嘘をついていることになる。考えと感情がバラバラで、そういう習慣をずっと続けていると、そのうち自分がなんだかわからなくなってしまう。

 

知らず知らずのうちに、「こうあるべき」という思考の習慣が感情を覆い被してしまっているかもしれません。

 

オーハイ・カリフォルニア・リトリートは、いったんそういう思考を取り払って、五感にフォーカスする修行の場にもなります。

 

な〜んて書くと、なんだかすごそうだけど、ちょっといつもより丁寧に過ごすってこと。自分が喜ぶことを思いっきりする5日間です。

 

楽しいぞー。

 

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