病は地団駄を踏んで悔しがっているだろう

大切な友人が亡くなり、Sitting Shivaというユダヤ教の儀式に参加しました。親しい人たちが彼らの家に集まり、亡くなった友人との思い出を語り、素晴らしい人だったことを再認識し、悲しみを分かち合い、慰めあうという素敵な時間でした。

非常に珍しい難病で、発見が遅れたこと、発見されても事例が少なく打つ手がないこと、それに加えてアクティブな癌だったこと、、、などあり得ないほど辛い事実を突きつけられても、友人は、これまたあり得ないほどいつもポジティブで、笑顔でした。

もうとっくに心が折れてしまってもおかしくない状況が何度も何度もやってきたのに「なるようにしかならないから。心配してもしょうがない」と笑って、崩れそうになる周りの人たちを勇気付けてきたのです。

私は、彼のこの楽観的なお気楽さに、病気も慌てふためいて逃げ出して行くのではないかと、心底思ったほどでした。

1週間ほど前、ホスピスケアで家に戻ってきた友人と奥さんに、少しでも楽になってもらいたいとの思いで、私ができることをさせてもらいました。

もう会話もままならない友人でしたが、私がカレンさんにワークしていると、ふと目を覚ましてこちらを向き、音にならない声で I love you と彼女に向かって呟いたのです。突然のことに、私まで泣き出してしまいそうでした。

彼が肉体から離れる最後の時も、唇を前に突き出し、キスを送ってお別れをしたと聞きました。

長い間闘いを挑んできた病は、最後の最後まで友人の優しさや穏やかさや溢れる愛情を変えることができず、地団駄を踏んで悔しがっていたことでしょう。

昨日のsitting shivaで、カレンさんが友人と付き合い始めた時の楽しいエピソードを披露してくれました。日本人で感情を表に出すのが苦手な彼が、初めて彼女にMy sweetheart(愛情を込めた呼び方) と言った時、発音が悪すぎてMy feet hurt ( 足が痛い)と聞こえ「え?足が痛いの?」 と聞き返してしまった、、、と。

家の中は大爆笑!

数十年前のその時の彼は、まさか、このことが悲しみの中にいるみんなを笑顔にさせてくれることになるなんて思いも寄らなかったでしょうね。でも、友人はそんな人でした。私たちに、いつも笑顔を運んでくれる人でした。

出会いに感謝です。ありがとう。